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<< October 2011 >>

アメーバ怪物は、この先

ある時期、中世から近代へと移行していくヨーロッパの歴史に
えもいわれぬ人間のエネルギーを感じて、
その時代の書物や芸術にすっぽりとはまりこんだことがある。
そして私の興味は、19世紀のパリに象徴される都市化が
社会や文化にどのような影響を与えたのか、ということへと移っていったのだった。

19世紀、ヨーロッパ。
産業革命、工業化の波に乗って、人々が大都市に集まった。
工場は労働力を求め、人々は働く場所を求めて。
道路は舗装され、雨の日にも外をぶらぶら歩くことがステイタスになっていく。

パリには、百貨店「ボン・マルシェ」が登場する。
エミール・ゾラが『ボヌール・デ・ダム百貨店』に著したように、
それは、大衆消費社会の原点だった。
百貨店の名称「ボヌール・デ・ダム」は「レディの幸福」という意味であり、
夢のような世界に彩られたショウ・ウインドウや、
消費意欲を無限に喚起するような商品陳列で、
多くの当時のパリの女性たちを魅了したことが、さまざまな形で描かれている。

反面、陳列された商品の誘惑があまりに強烈で、一部の女性たちは
「買い物狂」や「万引き」などの神経症を発症。
また、労働者の保証の無い社会制度の中で、
女店員の多くは低賃金で使い捨てられてしまう。
果てには、春をひさいで生きるほか無くなっていく。

ゾラの『ボヌール・デ・ダム百貨店』は、映画化もされている。
(アンドレ・カイヤット監督「貴婦人たちお幸せに」1943年)
まだ都市化の渦中であった、当時のパリの貴重な町並みを見ることができるし、
馬車で都会に出てくる田舎の人たちや、
あわよくばブルジョワへと移行しようとする勢力を、
都会の人たちがどのように見て、そしてどんなふうに扱ったのか。
そういった観点からも面白く観ることができると思う。

ところで、ゾラが冷徹な目で見ていたように、
小さなものは、大きな力にどんどんと飲み込まれていく。
百貨店は、近隣の小さな店々を圧しつぶしながら店舗を拡張させ、
その販路を、まさに全世界へと広げていく。
それはまるで、巨大なアメーバ怪物のようである。
人間の欲望が無限に肥大し続けていることを、まざまざと見せつける。

最近では、トム・ハンクス扮する二代目経営者による商業主義の大型書店が、
メグ・ライアンの、小さいけれど温かい書店を飲み込んでいくという筋の映画、
ユー・ガット・メール」が近い感じ、と言えなくもない。
(こちらは恋愛がテーマなので、印象としては少し遠いけれど)

しかし、である。
前述したように、かつて大きなエネルギーを帯びながら成長していった百貨店も、
現在では、同じ人間社会の中で悪戦苦闘している。
消費社会の始まりの時点では大きなものに躍らされ、消費させられ、
一喜一憂していた人々も、陳列棚に並ぶ多量な商品にも見慣れ、
カラフルでスペクタクルなショウ・ウインドウにも飽きてきたのだろうか。

望むと望まざるとに関わらず私は、バブル時代に成人し、
そしてバブル崩壊後から現在の不況をも享受している。
経済至上の社会とは一線を画した「国民総幸福量」に基づく国づくりで知られるブータンや、
アマルティア・センの潜在能力アプローチを持ち出すまでもなく、
多くを持つ者(=消費する者)が幸福とされる物質文明的な思考の反省を含め、
今の私は、現在の経済動向を冷ややかに見ている。

「何も無いけどすべてがあった」―そんな未開時代に小さな憧れすら抱いて。


【参考:LINK】
エミール・ゾラ 『ボヌール・デ・ダム百貨店』
アンドレ・カイヤット監督 『貴婦人たちお幸せに』(1943年)
ノーラ・エフロン監督 『ユー・ガット・メール』(1998年)
国民総幸福量
アマルティア・セン


 


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